秀実さんから「ちょっと話しておきたい事があるんだ。皆、都合はどうかなあ?」「はい、私から連絡します」1月27日昼、師匠宅に蝠丸・伸治・小文治・平治・右團治の真打5人が集まりました。皆、洒落も笑顔もなく重々しい雰囲気です。

 「お父さんの病気なんだけど、肺炎じゃあないんだ・・・。白血病なんだ」「ええっ、白血病?」病気の詳しい説明を聞きました。31日から抗がん剤を投与する予定。もしかしたら、意識不明になる恐れがある。感染症が心配なので本来は見舞いは出来ないけど、師匠も会いたがってるから、抗がん剤投与前日の30日に師匠に会って元気付けてもらいたいとの事。皆、ただただ驚くばかり、この現実を受け入れたくない気持ちでいっぱいです。「それで色々騒がれたくないから、今まで通り、インフルエンザをこじらせて肺炎になったと言う事にしておいてね」「はい、承知しました」

 30日昼、5人で待ち合わせて東京女子医大に行きました。皆、口数少なく本館のエレベーターを上がり師匠の病室へ。ドアを軽くノックしたら秀実さんが出てきて「ちょっと待ってね」しばらくぼ〜っと待って中へ入りました。師匠は「ハア、ハア」と息苦しそうにベットに横たわっています。私達の姿を見て、ベットを起こし座るような姿勢になり、開口一番「誰が会長になった?」「歌丸師匠です」「そうか、俺はもう〜これからは好きにやるよ」常に血圧や心電を計っています。後で聞いた話ですが、私達がいた時だけ正常値になったそうです。かなり気を張ったのではないのでしょうか。長居はできません、弟子一人一人が師匠と話しをし、元気付けて失礼する事にしました。先ずは私から「師匠、私達一門だけじゃあありません。芸術協会の為にも落語会の為にも早く元気になって下さい」涙をこらえるのがやっとです。続いて右團治「師匠噺の稽古をお願いします」次の平治「・・・師匠〜・・ううぇ〜」泣き始めちゃった。師匠は目をぱちくりして何が何だかわからない様子。何とか終らせて伸治兄さん、蝠丸兄さん・・・。病室を出たらもう〜皆涙が止まりません。「師匠の死期を早めたのは平治だ」と言うのは本当かもしれません。

 感染症の心配はあるけれど、これからは弟子が交替でそばにいて師匠の世話をし、元気付けようと言う事になりました。その割り振りを私がすることになり、何の気なしに2月1日から決めたのです。まさか31日に亡くなってしまうとは・・・。


戒名        文翁院話玄達道居士

辞世の句   道連れの 扇よ筆よ さようなら